――そもそも、M3はどのようにして始まったのでしょうか?
相川氏(以下敬称略):コミックマーケット(コミケ)で、音楽やラジオドラマなどを発表していたサークルで知り合った人たちから「自分たちで即売会をやりたい」というアイディアが出て、準備会を立ち上げました。当時のコミケは、「音楽」というジャンルは無く、「ソフトウェア」など他のジャンルとして出す形でした。M3という名称や、“音系”という言葉を使うことも、準備会のミーティングで決まったものです。1998年3月に、浅草橋の東京文具共和会館で開催したのがM3の最初でした。
第1回開催時の会場内――なぜ“音楽”ではなく“音系”なのでしょうか?
相川:当時から、音楽に限らず、ラジオドラマやMADテープ(既存の音素材を繋ぎ合わせるなど編集し、新たな意味を持たせた作品)のような、「音楽」と書くと除外されるジャンルが多かったためです。音を表現に用いることを総合的に「音系」と称しています。
初期の頃は、イベントスタッフを出展者が兼ねていたり、一般来場者もコミケでサークルとつながっている人たちが多く集まりました。そのうち、“イベントを作ることが楽しい”という人たちが専任のスタッフとして集まり、今は、カタログ制作などの事前作業、参加者の誘導など当日作業のスタッフを合わせると100人以上になります。皆さんボランティアで、それぞれ普段の仕事や学校生活をしながら、時間を捻出しています。
――「音系」といっても、オリジナル作品や、ゲーム/アニメの2次創作などを含めて、かなり幅広いと思いますが、どういった出展が多いですか?
相川:色々な軸がありますね。動画や絵が軸となっているものもありますし、音と関わるハードウェア、道具だったり、評論のような第3者的な関わり方もあります。何らかの表現行為が音につながっている、という形が多いです。
オリジナル作品に加えて、“元ネタを使って遊ぶ”ような2次創作も大きなウェイトを占めます。MADなどは典型的な例ですが、音響をネタに“再構築”に取り組む人もいる。どのジャンルとどのジャンルがうまく交わるのか、思いもよらなかった結びつきが生まれてくるので、そんな驚きが楽しいところです。
カテゴリー
関連記事
ホット記事