2021年に入り、にわかに注目を浴び始めたワーケーション。1月に発表されたエン・ジャパンによる35歳以上のミドル世代(2420名)を対象にした調査によると、ワーケーションの認知度は70%、「ワーケーションをしてみたい」と回答した人は全体の60%に上りました。
それに対して実際の経験者はわずか7%。言葉だけは急速によく知られるようになったけれど、現時点では実践した人がほとんどいない。それが日本におけるワーケーションをめぐる状況です。
全5回にわたるこの連載では、自身も東京と長崎県・五島列島をほぼ毎月のように行き来しながら「申込者の約4割が組織の意思決定層」というワーケーション企画の運営に携わり続けている、一般社団法人みつめる旅・代表理事の鈴木円香が、ビジネスパーソンに向けた超入門編を解説していきます。
「そもそもワーケーションとは何か?」ーーまずはその問いに答えることから始めたいと思います。
よく言われるように、「ワーケーション」は「WORK(仕事)」と「VACATION(休暇)」の組み合わせた造語です。和製英語かと思いきや、そうではなく、欧米でも2000年代から使われている言葉で、つづりは「WORKATION」と「WORCATION」のふた通りあります。
都会の喧騒を離れ、休暇を兼ねてリゾート地で仕事をしながら過ごすワークスタイルを一般的には指していますが、必ずしも都市部からの移動をともなうわけではなく、街中の心地よいホテルに数日滞在し、非日常を楽しみながら仕事をするスタイルも、海外では「ワーケーション」と呼んでいるようです。著者のシンガポールからやってきた知人に「ワーケーションって知ってる?」と聞いてみたところ、後者の「週末などに市内のホテルに滞在するスタイル」を一番にイメージすると話していました。
「自然の中でPCを開いて仕事をする」というイメージが定着しつつあるワーケーションだが、実際はどんな「仕事」が向いているのか?(撮影:廣瀬健司)日本で、この「ワーケーション」という言葉が広がり始めたのは、2018年あたりです。今や「ワーケーションの聖地」と呼ばれるようになった和歌山県白浜町が、それに先がけて2017年から町をあげてワーケーションを推進し始めました。私たち一般社団法人みつめる旅のメンバーが、長崎県・五島列島でリモートワークやワーケーションの企画・運営を始めたのも2018年から2019年にかけてでした。
まだコロナの「コ」の字もない頃で、ワーケーション参加者は、もともと場所に縛られずに仕事ができるフリーランサーのプログラマーやクリエイター、ライターや広報PRといった職種に就いている人、すでにリモートワーク体制が社内で整っているIT企業勤務の人が大半を占めていました。中には、まだリモートワークをするための制度が整っていないため上司の承認が得られず、「有給を取得して来ました」「出張扱いにしてもらって来ました」「会社には内緒で来ました」という参加者も少なくありませんでした。
新型コロナウイルスの蔓延によりリモートワークがすっかり定着した今から考えると、隔世の感がありますが、コロナ前の2019年はまだまだリモートワークが社会の中に浸透しておらず、ワーケーションは一部の限られた人だけが実践する「超ニッチ」なワークスタイルだったのです。
それが、新型コロナウイルスの流行により一気に落ち込んだ観光需要を盛り上げようと、2020年7月に菅義偉官房長官(当時)が「ワーケーションの普及に取り組む」と発言して以来、注目を浴びるようになりました。国内でも、まだ数えるほどしかいなかったワーケーションのプレイヤーが一気に増え、テレビなどでも取り上げられるほど、だんだん「メジャー感」が増してきた。それが今の日本におけるワーケーションの現状です。
そんなふうに、超マイナーからコロナにより急にメジャーになりつつあるワーケーションですが、実際はどんなふうに過ごすものなのでしょうか。
先ほど触れたようにワーケーションは、「WORK(仕事)」と「VACATION(休暇)」から成ります。ひと言に「WORK」といっても、どんな「仕事」するかはいくつかパターンがあります。よく「ワーケーション」という言葉とセットで、オーシャンビューのワークプレイスや緑に囲まれた森の中でPCを開いている場面が紹介されますが、実際にどんな「WORK」をしているかについては、あまり解像度高く語られることがありません。
ワーケーションにおける「WORK」には、大きく分けて次の3つがあります。
(1)普段やっている仕事を同じようにする(2)普段できない仕事をする(3)次の仕事のネタを探す
(1)は一番イメージがしやすい「WORK」だと思います。
コロナにより急速に普及したSlackやChatwork、Microsoft Teamsなどコミュニケーションツールで仕事仲間といつものように連絡を取り合いながら、ルーティンワークを進めていく。ミーティングや会議にもZoomやGoogle Meetで普段通りに参加する。マネージャー職や管理職など、部下やチームメンバーを持つ立場にあれば、進捗確認やフィードバック、評価などの業務もここに含まれます。
(2)の「普段できない仕事をする」は、普段(1)に時間とエネルギーを取られて、「やらなきゃ」と思いながらもなかなか着手できずにいるような「WORK」です。たとえば、「仕事仲間やチームメンバーとじっくり議論をする」「新規事業の企画やビジネスモデルを考える」「資料やデータを読み込んで頭の中にインプットする」などが挙げられます。(2)に関しては、必ずしも(1)のような環境は必要ではありません。それどころかむしろ、Wi-Fiさえなく電波も入らずスマホも見られないような環境で、集中して考えたり、話したり、読んだりできる方が捗るくらいです。
(1)と(2)が「今の仕事」であるのに対して、(3)の「次の仕事のネタを探す」は「未来の仕事」です。編集者、クリエイター、プランナーなど何かを企画する仕事に就いている人であれば、次の仕事につながりそうな新しいネタを仕入れる。事業を立ち上げる立場にある人であれば、新規プロジェクトを考えるためのネタを探す。はたまた、今は本業一本だけど副業や複業をしてみたいという人が、「これなら自分の特技を活かせそう」「本業と掛け合わせたら楽しそう」と思える、パラレルキャリアのヒントを見つけるというケースも、この(3)に入ります。つまり広く捉えれば、自分の未来の仕事をデザインする時間です。
次回以降の記事で詳しく触れますが、ワーケーションにおける「WORK」を語る際、(1)の「日常のWORK」に偏りがちです。でも、わざわざ遠く離れたところまで旅に出て、そこで仕事をするなら(2)と(3)の「非日常のWORK」の比重を高めた方が意味があります。
普段はルーティンワークに追われて着手できない「非日常のWORK」に没頭してみると、充実したワーケーションに繋がるかもしれない。(撮影:廣瀬健司)この連載全体を通してお伝えしていきますが、ワーケーションには、with/afterコロナの人生をデザインし直す上で助けになるヒントが、豊かに詰まっています。
今後、ビジネスパーソンには、ワークスタイルに関して、コロナ前には考えられなかったほどの自由度が与えられるはずです。リモートワークが当たり前となり、コロナ前はデザイナーやプログラマーなど一部のフリーランサーにしか実践できなかった「いつでもどこでも働ける」が、一般的な選択肢になりつつあります。また専門性を活かした副業やジョブ型採用が解禁され、社内外関係なくプロジェクトベースでチームを組んで仕事をしたり、「都市」と「地方」の両方に仕事をもったりという選択肢もリアルなものとして出てきました。そうした流れを国や企業も後押しするように数々の施策を打ち出し続けています。
これだけの「自由度」を手にした時、どう自分のワークスタイルをデザインし直すか。コロナによって私たちの誰しもが直面することになった課題です。そして、ワーケーションは、その課題に答えを出すための1つの有効な手段なのです。
筆者がワーケーションを企画・運営している長崎県・五島列島。東京から遠く離れた場所でワーケーションをする「意味」を毎回追求している。(撮影:廣瀬健司)この連載は、これからワーケーションに挑戦した個人の方はもちろんのこと、「会社の制度としてワーケーションを導入しようか……?」と検討している企業の方にも読んでいただきたいと思っています。
企業がワーケーションを導入する際のメリットとして一般的によく言われるのが、「自然に囲まれた環境で仕事をすることでリフレッシュして、社員のQOLや労働生産性が上がる」という点です。確かに、通勤ラッシュから解放され、海辺の町でオーシャンビューのデスクに向かい仕事をすれば、気分はよくなります。混雑した電車の中で疲弊しないぶん、仕事も早く進むかもしれませんし、そもそも通勤時間がなくなるので、その時間をランニングやサーフィンなど普段はできない活動に当てれば、充実感はより高まるでしょう。
しかし、企業としては「社員のリフレッシュ」だけでは、積極的に社員をワーケーションに送り込めない。もっと経営や人材育成に直接効果を感じられるようなメリットが欲しい……というのが本音で、「勤怠管理はどうするのか」「労災は適用されるのか」「旅費は会社が負担するのか」など制度上のさまざまなハードルを越えてまで、ワーケーションを導入することに二の足を踏んでいるという状況です。
そして、そうした企業側の「本音」に対して、行政から民間まで全国のワーケーション企画・運営側が、「これがワーケーションの効能です」と明確に提示できていない現状があります。この連載では、社員の方を送り込むかどうか判断する立場にある企業の方にも、「それなら、一度ワーケーションにチャレンジしてみよう」と納得していただけるような「効能」を、実例を踏まえて具体的に紹介していきたいと思います。
鈴木円香(すずき・まどか)
一般社団法人みつめる旅・代表理事
1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。旅行で訪れた五島に魅せられ、2018年に五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、2019年にはBusiness Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画・運営を務め、今年2020年には第2回五島市主催ワーケーション・チャレンジ「島ぐらしワーケーションin GOTO」も手がける。
「観光閑散期に平均6泊の長期滞在」「申込者の約4割が組織の意思決定層」「宣伝広告費ゼロで1.9倍の集客」などの成果が、ワーケーション領域で注目される。その他、廃校を活用したクリエイターインレジデンスの企画も設計、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく東京と五島を行き来しながら活動中。本業では、ニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーターなども務める。
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コロナ前は超ニッチなワークスタイルだったが… ワーケーションの「WORK」には3種類ある 会社員もワークスタイルをデザインし直す 「社員のリフレッシュ以外のメリットが欲しい…」という企業の本音カテゴリー
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