トヨタ自動車が、国内外の全工場におけるカーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ化)実現を従来の2050年から2035年に前倒しする目標を掲げた。国内はもちろん海外を含む主要自動車メーカーのなかでも、最も早い実現となりそうだ。
トヨタ生産方式(TPS)を背骨とする製造現場のパワーが原動力になるが、早くから製品開発や事業活動に採り入れてきたライフサイクルアセスメント(LCA)の視点も、同社が先行し得る下地となっている。
目標の前倒しはCPO(チーフプロダクションオフィサー)である岡田政道執行役員が、このほど行った「ものづくり」に関するメディア向けプレゼンテーションで、「2035年には工場がカーボンニュートラルとなるという目標をもってさまざまなチャレンジをしていく」と表明した。岡田CPOは塗装や鋳造など、CO2(二酸化炭素)排出の大きい工程での改善事例なども示した。
トヨタは2015年に公表した「環境チャレンジ2050」で、「製品のLCA」、「新車」、「工場」の3分野でCO2の排出ゼロにチャレンジする方針を掲げてきた。今回、このうちの工場でのゼロ実現が早期にできるとの見通しを示した。毎年公表する「環境報告」でこれら3チャレンジなどもレビューしており、昨年の環境報告では、フランスやイギリスなど欧州の工場で使用する電力エネルギーの全てを、すでに再生可能エネに転換したことなどを公表している。
製造業のカーボンニュートラルは、言うまでもなく工場運営なども含む製品のLCAで評価されることになる。クルマだと、開発から素材・部品・車両の製造、物流、走行、メンテナンス、廃棄―といった生涯を通じた温室効果ガスの排出が対象だ。いくら電気自動車(EV)が走行時にCO2を出さないといっても、電力を多消費するバッテリーの製造工場が化石燃料エネ依存の旧式だと意味をなさないのがLCAである。
筆者が自動車業界でLCAという単語を耳にするようになったのは今世紀の初めごろで、トヨタの環境に関する取材の場であった。環境負荷評価の手法として導入を始め、今から18年遡る2003年に発売した2代目『プリウス』や12代目『クラウン』のカタログで、LCAに基づくデータを初掲載したのだ。これは、CO2のみならずNOx(窒素酸化物)なども含む5物質について、従来型の同等モデルとの指数比較をグラフ化したものだった。
2005年には開発部門にLCAでの環境負荷低減を支援するために「Eco-VAS」(Eco-Vehicle Assessment System)と呼ぶ評価システムを導入した。これにより、全ての新モデルにおいてチーフエンジニアが自らの責任で、負荷低減目標を設定するという画期的な仕組みを構築した。
その後、カタログへの掲載も進化し、現在では一般的に「環境チャレンジ2050」の概要とともに、当該車種のLCA各段階でのCO2排出がグラフ化されている。各段階は、「素材製造」、「車両製造」、「走行」、「メンテナンス」、「廃棄」―に分類されてグラフ化され、当該カタログの車種とトヨタの類似モデルなどとの比較が示されている。
トヨタの自社工場でのCO2排出は、これらのうちの「車両製造」に含まれる。同社のハイブリッド車(HEV)の場合、大まかに見てLCA全体のうち車両製造での排出は1割強くらいだ。決して大きくはないが、少なくとも2035年にはここをゼロとする構えだ。カーボンニュートラルに向けた、このような工場の先行は、トヨタの現場の改善パワーに加え、早くからLCAの思想が社内に浸透していたことが支えとなっている。こうした蓄積は豊田章男社長がよく強調する、ものづくりでの「リアルの世界の底力」と言えよう。
カーボンニュートラル実現へ向けた自動車メーカーのレースは、EVを何年までに何台市場投入するかが、いかにも華やかで注目されやすい。しかし、長期レンジの数字なので、世界の大手の間ですら、実現性をいぶかるような“腰だめの数字”が横行している。クルマのLCAを人体に例えると、EVなどの車両は顔そのもので、工場はいわば足腰のような存在だ。2050年までのレースを走り続けるには、いくら美顔でも、鍛え抜いた足腰がないと、もたない。
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