LINEユーザーの個人情報が、同社の委託先の中国企業でアクセスできる状態にあったことが判明した。それを受けて、総務省がLINEを活用した行政サービスを停止すると公表するなど大きな影響が出ているようだ。この一連の動きは、LINEの利用者と日本の行政サービス、そしてLINEを含む新Zホールディングスの戦略にどのような影響をもたらすだろうか。
3月1日に旧Zホールディングスとの経営統合を発表したメッセンジャーアプリ大手のLINEだが、同社を巡って大きな問題が起きている。発端となったのは3月17日、複数のメディアでLINEの国内利用者の個人情報管理に不備があると報じられたことだ。
ヤフーを有する旧Zホールディングスと経営統合したばかりのLINEだが、3月17日に個人情報管理に不備があると相次いで報じられたそれを受ける形で、LINEも同日にプレスリリースを公表。LINEへの外部からの不正アクセスや情報漏えいなどは起きていないものの、国内ユーザーの個人情報の一部に関して、業務上の必要性から海外の拠点で扱っていることを認め、説明が不十分だったと釈明した。
さらに、そのリリース内容を見ると、LINEのIDや電話番号、メールアドレス、位置情報などは日本のデータセンターで管理し、画像や動画、LINE Payの取引情報(本人確認に必要な情報を除く)などは、親会社の1つとなるNAVERの本拠地でもある韓国のデータセンターで管理していることを明かした。しかし、同社は日本と韓国以外にも拠点を持っており、中国でもいくつかの拠点で開発やモニタリングなどの業務をしているという。
そして問題視されたのは、中国でAIやツールなどの開発を手がける、LINEの孫会社にあたるLINE Digital Technology(Shanghai)でのデータアクセス権にあるようだ。この会社ではLINEのモニタリング業務を担当する人向けのツールなどを開発しているそうだが、開発にあたってモニタリング対象となったユーザーの個人情報にアクセスできる権限が付与されていたことから、2月から3月にかけてアクセスコントロールを強化し、その権限を削除したという。
つまりLINEの持つ個人情報が、中国の企業側からアクセスできる可能性があったことが、大きな問題として取り沙汰されているのだ。そこで、LINEを傘下に持つ新Zホールディングスは3月19日、「LINE社におけるグローバルなデータガバナンス」を検証・評価する特別委員会を設置することを発表。データガバナンスの検証や評価をしていくとした。
この問題に敏感に反応したのが政府である。総務省の武田良太総務大臣は、3月19日の記者会見でこの問題に関する質問を受けた際、同省では採用活動や意見募集の問い合わせなどでLINEを利用していたことから「いずれも運用を停止する予定である」と回答。職員に対しても、LINEをはじめとした外部サービスで業務上の情報を取り扱わないよう求めている。
さらに武田大臣は、総務省の管轄となる地方公共団体でも「保育所の入所申請、住民からの各種相談、粗大ごみ収集申込みなどにおいてLINEの活用が進んでいると承知している」と説明。今回の事態を受けて各団体の現状を確認し、報告するよう求める。LINEを利用している各自治体のサービスにも、今後大きな影響が出てくる可能性がありそうだ。
加えて総務省は同日、LINEに対して電気通信事業法の規定に基づき、利用者情報管理状況などについて報告するよう求めている。行政側がこれだけLINEの個人情報を問題視するのは、やはり海外から国内の個人情報にアクセスできる状態にしていたことが大きいといえよう。また、菅義偉首相も同日に、政府内でのLINEの利用状況を調査中であることを明らかにした。
LINEはもともと韓国のNAVER傘下の企業。経営統合後の新Zホールディングスはソフトバンクの連結子会社となったが、株式はソフトバンクとNAVERが50%ずつ保有しており、現在もNAVER側のリソースを活用していると見られるとりわけ、中国には2017年に施行された「国家情報法」があり、中国の企業は政府から要請があれば協力することが義務付けられている。単に個人情報が海外に流出するだけでなく、たとえば国の要職に就く人物がLINEを利用して重要なやり取りをし、その情報が国家情報法によって中国政府などに流出する可能性があることを懸念したからこそ、行政側は非常に敏感に反応したといえそうだ。
また、LINEの発表によって、個人情報は国内で保管されている一方、画像や動画に関しては韓国で保管されていることも明らかになり、これを問題視する声も挙がっている。日韓関係が政治的に決して良好といえない状況にあることなどがその背景にあると考えられるが、国際的なサービス提供体制を築いているプラットフォーム企業であれば、国外で何らかのデータを管理するという事象は起き得る可能性があるものだ。
しかも、FacebookやGoogleなど、日本で使われているコミュニケーションプラットフォームを提供する事業者の多くは、国外の企業であることが多い。それだけに今回の問題を機として、国民の情報を守る観点に立ったデータ管理のあり方に関して大きな議論が巻き起こる可能性は高そうだ。
一方でLINE側の今後のビジネスを考えた場合、今回の出来事がかなりの痛手となったことは間違いない。信用を落としてLINEや関連サービスの利用が減るのもその1つではあるが、より影響が大きいのは行政向けサービスの拡大を推し進めにくくなってしまったことだ。
新Zホールディングスは経営統合に際して、行政のデジタル化を今後の注力領域の1つに挙げており、その軸になると見られていたのがLINEだ。LINEは国内で約8600万の利用者を抱えることから、新Zホールディングスではその基盤を活用した行政手続きのデジタル化を、自治体などに提供することに力を入れようとしていたと見られる。実際、両社の経営統合会見の際には、LINEを活用したワクチン接種予約システムを提供し、全国200の自治体で導入できる見込みであることを明かしていた。
LINEは行政サービスのデジタル化需要獲得にも力を入れており、LINEを活用したワクチン接種予約システムは約200の自治体が採用予定としていたとりわけ現在は、デジタル庁の設立を打ち出したり、マイナンバーカードを活用した行政サービスのデジタル化を推し進めたりするなど、政府がデジタル化の推進に前向きなことから、日本に基盤を持ち多くの顧客を抱えるLINEにとっては絶好のビジネスチャンスだった。それが一連の個人情報に関する問題で、政府からの信用を失ってしまったことは大きな痛手となることに間違いない。
また政府からしても、行政サービスのデジタル化に向けた有力なサービスであったLINEに、こうした問題が起きたことの影響は小さくないだろう。LINEの代替となる顧客接点を持つ有力なサービスの選択肢は決して多いとは言えず、自ら新しいサービスを構築するにしても、開発にかかる時間とコスト、そして国民が使いやすいインターフェースや、積極的に使いたくなる仕組みを備えたサービスを提供できるかという点は、大いに懸念されるところでもある。
行政のデジタル対応という点でいえば、新型コロナウイルスの接触確認アプリ「COCOA」の相次ぐ不具合で信用を大きく落としたという前例がある。それだけに、行政デジタル化の有力な窓口でもあったLINEを有効活用できないとなれば、その取り組み自体が大幅に遅れてしまうことも懸念されるところだ。
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