■ディスクリートDACとは何か?そもそもディスクリートDACに明確な定義があるわけではない。ディスクリートは「個別」の意味があり、単機能の素子を指す。その逆は、複数の素子を集めた大規模な集積回路だ。DACの場合、汎用チップを使わず独自アルゴリズムでDA変換を実現する回路をディスクリートDACと呼ぶわけだが、回路構成やアルゴリズムは各社各様。FPGAやDSPなど集積回路を活用しつつ、最終段のフィルターなど回路の一部を個別の素子群で構成する例が多いため、ディスクリートDACの大半は物理的な回路規模が大きくなり、チップ単体と比べて面積が100倍以上に及ぶこともある。半導体は世代を経るごとに小型化し稠密化していく。たとえば高級オーディオ製品でよく使われるESSのES9038Proのサイズはおおよそ1cm角。一方たとえばエソテリックの「Grandioso D1X」に搭載されたディスクリートDAC部(右)はA4サイズほどの大きさになるディスクリートDACの開発が進む背景について考えてみよう。たとえ専有面積が大きく高コストでもディスクリートDACをあえて導入するのは、そこになんらかのメリットがあるからで、特に重要なのが既存のデバイスに頼らず自由に設計でき、目指す音に近付けやすいということだ。音にこだわるメーカーは、DACチップを用いる場合も実際に使う要素を最小限に抑え、デジタルフィルターやオーバーサンプリングなど主要回路の一部を独自に設計する取り組みを進めてきた。自社で開発する要素が増えるほど、設計の自由度が上がり、技術の蓄積も進む。そうした取り組みの延長線上に、既存のDACチップを一切使わないディスクリートDACが誕生したと考えるとわかりやすいかもしれない。現在、ディスクリートDACを手がけるメーカーは10社近くに及ぶ。海外ではdCS、CHORD、Playback Designs、MSB Technology、EMM Labsなどがよく知られた存在だ。さらに、オランダのmola molaなど、日本では知名度が低いメーカーも意欲的な製品を投入している。FPGAを用いたDAコンバーターをいち早く世界に送り出したイギリスのCHORD。DAC技術者のロバート・ワッツ氏のアイデアによるもので、独自のデジタルフィルターで高次のオーバーサンプリングを行っているdCSは、独自のアルゴリズムで動作するFPGAによるデジタル処理と、高精度抵抗を並べた抵抗ラダー型DACで構成されており、デジタル信号がDACの中で「輪を描く」ことからRing DACと名付けられている比較的最近に参入したのがマランツとエソテリックで、それぞれ複数の製品を投入し、急速に存在感が強まっている。トップエンドではなくミドルクラス製品への製品の投入も積極的だ。またリンが新世代のKLIMAX DSMに載せた「ORGANIK」は、順番では後発ということになるが、強い影響力を持つ同社がディスクリートDACを開発したことの意味は大きい。■半導体産業を取り巻く環境変化からの影響もこの10年ほどの間にディスクリートDACを開発するメーカーが増えた間接的な理由として、半導体産業を取り巻く環境変化やメーカーごとの事情も考慮する必要がある。DACに限らず、音響メーカー向けの高音質で高機能な素子は需要が先細りとみなされることが多く、積極的な新製品開発が行われにくくなってしまった。オーディオメーカーにとっては選択肢が狭まり、同じDACチップを複数のメーカーが取り合うような事態も起きている。それと並行して、家電や自動車のIT化が加速し、そちらに生産の比重がシフトする現象も顕著だ。そんなときに昨年の旭化成エレクトロニクスの火災のような不測の事態が起こると、ただでさえ不足気味の半導体が致命的な供給不足に陥り、オーディオメーカーは代替素子への置き換えや大幅な設計変更を余儀なくされる。DACに限らず、複数のオーディオメーカーが少数のデバイスメーカーの製品に依存する現状を変えない限り、同様な事態が起こるリスクは解消しないだろう。■DACの音質改善の次のステップにも期待
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