言葉×音楽をキーワードに、イシグロキョウヘイ監督が描く少年少女の「ひと夏の青春」を描いたオリジナルアニメーション映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』のBlu-ray&DVDが発売中。コミュニケーションが苦手でいつもヘッドホンをつけている俳句好きの少年・チェリーと、矯正中の大きな前歯を隠すためにマスクをはずせない少女・スマイル。ひょんなことから郊外のショッピングモールで出逢った二人が、SNSを通じて交わす言葉やレコードに収められた音楽の力に導かれて距離を縮めていく物語が描かれます。
「マクロス」シリーズをはじめ、アニメーションの劇伴やアニソン制作において第一線を走り続ける音楽レーベルフライングドッグ10周年記念作品ともなる本作は、『映画 聲の形』などの劇伴制作で知られる牛尾憲輔が担当し、タイトルと同名の主題歌をnever young beachが、劇中歌を大貫妙子が書き下ろすなど、音楽についてもファンの注目を集めた作品です。
今回、アニメ!アニメ!では、『サイダーのように言葉が湧き上がる』のBlu-ray/DVD発売を記念した座談会を実施。編集部からは「後半涙が止まらなかった」というすえなが、以前イシグロ監督のインタビューを担当した元アニメ!アニメ!編集長の沖本、そして、本作を愛してやまないライターのハシビロコさんと沖本とともにイシグロ監督にお話を伺ったライターのタナカが、「ピュアな青春ラブストーリー」「チェリーの俳句」「ポップな色使い」「フライングドッグ作品ならではの音楽」をテーマに、本作の魅力を語っていきます。
[文=タナカシノブ]
『サイダーのようにサイダーのように言葉が湧き上がる』BD&DVDーーこの作品でまず目を引くのは、ポップな色使いですよね。
すえなが初見ではイラストレーターのわたせせいぞうさんを始めとした、80年代の雰囲気を感じました。
沖本シティポップ調のアートですね。
すえなが色味は80年代シティポップな感じだけど、映像で観るとめちゃくちゃ新しくて、今風な感じがしますね。全編この色調で、最後まで「綺麗だな」と思いながら世界観に入り込んでました。
ハシビロコレコードのジャケットとかポスターのイラストの印象があるものが、動画として動くのがすごいと思って、私は背景も結構好きです。一見、平面なところにも、影の色使いで奥行きを感じます。大胆で鮮やかな色を使っているのに、邪魔をしてこない感じがして、全体の美術のまとめ方も見どころですよね。
沖本実写の色味を突き詰める手法ではなく、誇張した色調で目で見て楽しむスタイルですね。イラストのようなものが、場面ごとに画角を変えてくるのもすごく楽しい。飽きさせない絵作りがすごくいいですよね。
タナカ色味も目を引くけれど、風景を切り取る角度にも引き込まれます。空からのシーンとかダイナミックでいいなと思いました。
すえなが空撮っぽいところとか!
ハシビロコビーバーのスケボーシーンとかも画面に迫力があります。ソフト版ならコマ送りで見られるので、ダイナミックに動くシーンは、コマ送りでじっくり見てみるのも見るのもいいですね。
タナカダイナミックだけど舞台はショッピングモール。街の小さいところを大きく描いている感じがいいですよね。高校生の行動範囲を考えると、ショッピングモールが印象的に描かれるのも納得です。
すえなが登場する舞台自体は少ないアニメですよね。ショッピングモール周辺、レコード店、チェリーとスマイルの家と電波塔のあたりくらいかな。結構ミニマムなものをスケール感をもって描いているから、背景に飽きがこない。色味やアングルですごく多彩に変化するので、見ていて飽きないんですよ。同じような風景なのに、全然違って見えたりするからおもしろいです。ビーバーのタギングもひとつひとつしっかり見たくなります。
沖本タギングでは、キャラクターの心情とリンクして俳句が並べられていますね。画面が早く流れていくので、映画館では見落としがち。家で観るときは一時停止やコマ送りで確認しながら、改めて考察するのはソフト版ならではの楽しみ方です。
ハシビロコじっくり観たいところといえば、影の中に入っている模様とかスマイルが通う歯医者さんの模様が肉球になっているところとか。影と光の中にはいっている模様チェックとかは観ていて楽しいです。
すえながスマイルの家とかも何が置いてあるのかすごく気になります。あと、ショッピングセンターのお店や人も気になるし。
ハシビロコレコードもそうだけど、劇中に登場したアイテムを家に置きたくなります。
タナカレコードは割らないようにしないとね(笑)。
ハシビロコ90年代生まれで80年代を知らないから、触ったことのないレコードは新鮮です。実物を知らないのに、なぜか懐かしさを感じるのは、DNAに刻まれているのでしょうか。
すえなが舞台は現代。チェリーもスマイルもスマホをバチバチに使いこなす現代っ子なのに、俳句やったり、レコードを探したりする。僕は団地っ子だったので、チェリーの家にもすごく懐かしさを感じます。登場人物は現代っ子だけど、出てくるものがどこかノスタルジックで、懐かしさと新しさが同居しているから、幅広い年齢層でも楽しめるのだと思います。
タナカフジヤマのおじいちゃんやデイサービスのお年寄りも出てくるから、懐かしさと新しさが自然になじんでくる感じがあります。
ーーチェリーとスマイルの恋愛はどう感じましたか?
沖本すごく今っぽいと思うのは、二人がスマホでSNSをフォローし合って交流が始まるところですよね。恋愛の始まりのもどかしさは、“SNS恋愛あるある”かなという気がします。いいねしまくって、フォローして、フォロー返しを待って、すごく今っぽいなって。
ハシビロコ縦画面の分割とか、生配信ってスマホでやる人が多いから、見慣れた画面ですごく入り込みやすいです。チェリーとスマイルの全然違う日常が、並んで表示されて同時進行で見られる。時間の使い方がうまいと感じた描写です。
タナカ二人の恋がなかなか進まない感じも逆にいいですよね。私はフジヤマのおじいちゃんの若かりし頃の恋愛に惹かれました。チェリーとスマイルの恋愛を、知り合い方も含めて若者ならではの恋愛と思って見ていたけれど、おばあちゃんと幸せな時間を過ごしたフジヤマのおじいちゃんの恋愛にもリンクするところがあって。チェリーとスマイルも気持ちが通じ合って終わりではなく、フジヤマのおじいちゃんたちのように幸せになっていくのかなって思える。未来が見える感じがしてうれしくなりました。
ハシビロコ余韻が残りますよね。影の描写の後、二人はきっと幸せになったんだろうって、想像しながらサイダーが飲みたくなる。しゅわしゅわとしたちょうどいい刺激が味わえる作品で、映画館から出てきたとき、すごく気持ちよかったのを覚えています。
タナカ気持ちいい、清々しい、爽やかという言葉がピッタリですよね。
すえなが観た後に飲みたくなるのはサイダーですね。コーラでもなく、ビールでもなく、コーヒーでもなく、水でもない。ひと夏の物語で、レコード探しとかちょっとした刺激があって、甘く爽やかに終わる。すごくサイダーな気がします。
ハシビロコ甘ったるさのない、サイダー独特の清涼感が合いますよね。
タナカチェリーの言葉がなかなか出せない感じとか、逆に次から次へと湧き上がってくる感じとか、泡の描写から伝わってきます。
ハシビロコひとつひとつの単語がぽつぽつと上がってくる。炭酸を注いだときに沸き上がってくる感じがサイダーなんだと思いました。
タナカサイダーへの印象の違いで捉え方が変わるのもおもしろいポイントです。サイダーをさわやかと思う人、炭酸が飲みにくいと思う人いろいろですから。
ーー全編通して俳句が大きなテーマになっています。皆さんはチェリーの俳句、どう思いましたか?
すえながすごく安直ですが、俳句を詠んでみたくなりますよね。
ハシビロコ俳句ってこんなに気軽に触れていい文化なんだと勉強になりました。決まった場所で短冊に書かなきゃいけないものと思っていましたが、ぱっと浮かんだことを書き、SNSに投稿する方法もあるんだなって。
タナカ人と接するのが苦手でヘッドホンをしてというチェリーの気持ちよく分かります。自分もそうだったし、実は5・7・5の表現もよくやっていたので。心の中だけで消化して終わってましたけど(笑)。チェリーとの大きな違いは季語を考えているところ。俳句にしっかり向き合っている印象です。ショッピングモールで句を思いついても、「これって、季語だったかな」と調べるところは感心します。さすが、歳時記を持ち歩いているだけのことはあるなって。
沖本人と接するのが苦手で俳句にのめり込むところは僕も共感しました。僕にとっての俳句は、アニメを観てブログにレビューや評論を描くことでした。僕の場合は、公開して評価されたいみたいなところがあったので、チェリーが投稿してお母さんからしかいいねがつかないとか、スマイルからの初めてのいいねによろこぶところとか、超共感です。ただ、残念なことに、僕にはスマイルみたいないい子は現れなかったけれど(笑)。
すえなが僕も、ヘッドホンしてましたが、チェリーとの違いは外界をシャットダウンしていたと言う点です。チェリーは、話しかけられないようにしているけれど、人との付き合いを拒否しているわけじゃないんですよね。デイサービスのお手伝いにも行くし、割と人と関わっている気がします。人を拒絶していた僕と違って、チェリーは話すのが少し苦手なだけの、根はいい子だなって思いました。
タナカチェリーは踊りもちゃんと踊りますしね。
すえながそうそう。人が嫌いなわけじゃないんです。
沖本人付き合いが苦手というのは、『機動戦士ガンダム』のアムロにしろ、『エヴァンゲリオン』のシンジにしろ、アニメでは割と定番のキャラクターです。シンジも実際イヤホンで自分の世界に入っていきます。だけど、彼らは自分たちのコンプレックスを、ロボットに乗ったり、特殊な能力を手に入れて本人が気づかないうちに解決されちゃうところがあります。でも、チェリーの場合は違う。最後のシーンは側から見たらすごく恥ずかしいですよね、人前で俳句を叫ぶなんて。でも、なんか、あのさらけ出した感じに「カッケー!」と感じてしまいました。
タナカコンプレックスって、ものによっては一生付き合わなければならないこともあります。他者からではなく、自分の力で克服したチェリーの姿は励みになると思います。コンプレックスの種類は違っても「もしかしたら克服できるかも」とか「どうにかなる」って気になるので。
すえながそうそう。あのチェリーの姿を見たからこそのスマイルがマスクを取るところにジーンときちゃいます。
タナカマスクがなくてもかなりかわいい女の子ですよね。
すえながかわいいですね(笑)。
ハシビロコでも本人は気にしている。コンプレックスなんてそんなものですよね。あのシーンで俳句がいっぱい出てくるじゃないですか。ひとつひとつの俳句でそれまでの二人が走馬灯のように回って。映像はないけれど、頭の中で回想するだけですごく楽しい。俳句を読んでいるシチュエーションもラブレターみたいでいいなと思いました。
タナカチェリーに負けないくらい、こちらも赤くなっちゃいます。
すえなが「未成年の主張」みたいですごく素敵なシーンです。
タナカあの恥ずかしさも含めて、高校生らしい!
すえながタイトルも5・7・5だし劇中に登場する俳句も、現役の高校生が作っているので、リアルな瑞々しさが伝わるのだと思います。
ーー作品を彩る音楽も魅力を語るうえで欠かせません。
すえなが最後のシーンでレコードに針を置いて、「YAMAZAKURA」が流れた瞬間から泣き始めました(笑)。そこからずっと涙が止まらなかったです。
タナカ盆踊りも意外となじんでいる!
ハシビロコ盆踊りってどんな曲でも踊れるんだなって思いました(笑)。
沖本フライングドッグらしい“マクロスみ”を感じます。
ハシビロコさすが10周年記念作品だと思いました。大貫妙子さんの歌が入ってきた瞬間にノスタルジックになる。昔あったかもしれない青春を思い出すみたいな感じがして。世代関係なく響くと思いました。劇場パンフレットもあのレコードのデザインで大きさも同じですごくよくて。家にあのレコードがあるような感覚になってうれしくなります。かわいいアイテムがたくさん出てきて、出てくるものすべて欲しくなります。
タナカ以前のインタビューのときにも、監督が私物のピクチャーレーベルのレコードを見せてくださって。80年代のリアルなやつでした。時計にできそうな(笑)。
ハシビロコできるんですか?触ったことがないから、厚さも雰囲気も分からなくて。
タナカ私は70年代生まれで、小さい頃からレコードに触れてきました。今でも大好きです。小さい頃は、音楽好き、レコードマニアのお兄ちゃんとかがレコードにひと工夫して飾っているのを実際に見てきました。だから、フジヤマのおじいちゃんが探してると言ったときや「プレス工場」というキーワードを聞いたときに「どこかに飾ってあるのでは?」という見方をしている自分もいました。
ハシビロコ2度目に観たときはびっくりしました。あんなところにずっとあったなんて!
すえながレコード見つかっても、どのプレーヤーで聴くのって思ったけれど、ちゃんとリサイクルショップも登場するし。意味があったんだなって。
ハシビロコ最近アナログ盤は、若い人の間でも注目されています。
タナカ最近注目されているけれど、流行りに乗った感がないのがいい。今どきの聴き方ではなく、中古ショップのプレーヤーでコードを取りに行くところまでの流れもなんかいい!
すえなが説得力があってすごくいいシーンですよね。チェリーやスマイル、バリバリの現代っ子が昔のレコードというアイテムで繋がるのもすごくいいです。
沖本それを「フライングドッグ10周年」で持ってくるところにオシャレ感があります。
ハシビロコおしゃれですよね。10周年なのに音楽ものじゃないんだ、って最初にタイトルを見たときは思ったけれど、観終わったときには納得という感じでした。
沖本レコードというアイテム、情感もエモに降っているのはBGMを担当する牛尾憲輔さんの妙です。音数がミニマルなところが特徴で、そこは今回でいうと俳句との親和性に繋がります。行間を想像させるところで、読み手に想像を膨らませる。呼応している感じが、作品で描きたかったところ、アニメーションである意味を感じました。
ハシビロコサントラもすごくいいです。同じフレーズなのに装飾音が変わったりして、キャラクターの気持ちとリンクしています。BGMとして成り立っていて、主張しすぎずないと寂しいという絶妙なところが大好きです。
すえながそれこそヘッドホンやいいスピーカーで音を楽しみたい作品ですよね。エンディングで流れるnever young beachの主題歌「サイダーのように言葉が湧き上がる」もすごく良かった。余韻を汚さないタイプの音楽でした。
タナカ最後の最後まで余韻に浸りたくなる作品ですよね。
すえなが聴きながら田んぼの畦道のシーンを思い出していました。
ハシビロコモールの帰り道の描写は全体的によかったです。同じ道なのに、立ち位置や茂みの描写とか、別の道のように感じます。道を見ただけでも二人の関係性がわかっていいなって。いろいろ改めて見比べたいです。
すえなが色々なシーンに伏線やメッセージがあるから、コマ送りや一時停止は必須ですね。
タナカ最初に描かれる舞台はとても狭いという話があったけれど、高校生の行動範囲なんてあんなもの。でも、細かくみていけば、ただの道じゃなかったと思える描写がたくさんあります。いつも見ている道が素敵な道に見えてくるかもしれないです。
ハシビロコ今の高校生には現実でも鮮やかな道に見えているかもしれません。
沖本僕はもうセピア色になっている(笑)。
ハシビロコ人によっては白黒かもしれないです。
タナカ色がついているならまだいいです。私はその光景すら思い出せないほど遠い昔で…(笑)。でもそういう意味でも、世代ごとに見える色は違うけれど、楽しめる作品ですとおすすめできますよね。
すえなが確かに!チェリーやスマイル世代はもちろん、その時代を過ごした人たち、そして、コンプレックスを持つ人たちなど、さまざまな入り口から楽しめると思います。もうすぐ卒業、入学、引っ越しシーズンもやってくるので、出会いや別れシーンにグッとくる人もいるかもしれません。
改めて本作を見直し、その魅力を感じ取った編集部&ライター陣。季節はこれから春へ向かいます。(作中の季節は夏ですが)甘すぎず、かと言って苦過ぎもしない、本作のサイダーのような爽やかさは、出会いと別れの季節でもある春にもピッタリと合うことでしょう。
また、各所に散りばめられたタギングや、キャラクターたちの微妙な立ち位置から見えてくる関係性、そして背景など、じっくりと見ることで気づくことも多くあります。ぜひともこれは、BD&DVDで映像をコマ送りや一時停止しながら確認してみてください。本作の美しさとそこに仕込まれた様々なメッセージを感じ取れるはずです。
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、様々な感情を湧き上がらせてくれる作品です。すでに見た人も、初めて見る人も、ぜひその爽やかな感覚を味わってみてください。
『サイダーのようにサイダーのように言葉が湧き上がる』BD&DVDナビゲーションリスト
◆鮮やかで大胆な色使い。コマ送りで隅々までチェックしたくなる細かい描写 ◆誰もがあの日を思い出す!共感できるピュアな青春ラブストーリー ◆自分も一句詠みたくなる!チェリーの俳句と心の叫び ◆フライングドッグ10周年作品!エンドロールの最後まで音楽で惹きつけるカテゴリー
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