歯科矯正は歯並びを美しく整え、噛み合わせを改善するものだが、どうしても長い治療期間と莫大な金額がかかるイメージがある。しかしそのイメージが、いま、ガラリと変わりつつあることをご存知だろうか。
歯科矯正には、一般的なワイヤー矯正をはじめ、さまざまな矯正方法がある。なかでもいま人気なのが、オーダーメイドのマウスピース矯正だ。
ワイヤー矯正は多様な症例に対応できる一方で装置が目立ち、歯磨きなどの手入れが大変だというデメリットがある。マウスピース矯正であれば装着の自己管理が必要だが、取り外しできるし、目立ちにくいというメリットがある。
そんなマウスピース矯正のD2C(Direct to Consumer/「商品」や「サーヴィスの世界観」などの取引を、ものづくりブランドと消費者がダイレクトにおこなう仕組み)サーヴィスを展開し、テクノロジーによるスマートで高品質な歯科体験を提供している「Oh my teeth」が、いま急速に顧客数を伸ばしているという。
従来の歯科矯正は、「1日20時間以上に及ぶマウスピースの装着が大変」「矯正後の具体的なイメージがもてないため、モチヴェイションが維持できない」といったストレスから、3割近くが途中でドロップアウトしてしまうとされる。しかしOh my teethは、継続率97%という驚異的な数字を誇る。
その人気の秘密をひも解くべく『WIRED』日本版は、ある人物とともにCEOの西野誠のもとを訪れた。その人物とは、メガネのD2Cサーヴィス「Oh My Glasses」を2011年に共同創業し、現在は地域コミュニティSNS「マチマチ」の代表取締役CEOを務める六人部生馬。D2Cビジネスを起業したもの同士であることに加え、現在、六人部自身が「ワイヤー矯正」の最中とのことで、六人部自身も興味津々の様子だ。
Oh my teethの歯科矯正はとてもシンプルだ。
1:Oh my teeth専門の矯正歯科(東京・表参道、大阪・心斎橋)に来院し、ドクターが歯型を無料で3Dスキャン。2:LINEに届く矯正シミュレーション(未来の歯並びイメージ)を承認する。3:自宅にオーダーメイドのマウスピース矯正キットが届く。
という3ステップ。矯正キットが届いてからは指定の期間、矯正段階に合わせたマウスピースを装着する。矯正状況はつねにトラッキングされ、相談や困りごとはLINEで随時受付している。
歯の状態によっては複数回の来院が必要な場合がある
料金プランは2つのみ。矯正費用は期間にかかわらず一律で、上下前歯の部分矯正をおこなう「Basicプラン」は、矯正期間平均3カ月で一律33万円(税込)。奥歯までの全体矯正をおこなう「Proプラン」は、矯正期間平均6カ月で一律66万円(税込)。
これまでの矯正のイメージを覆す明解なステップと料金体系のおかげで、取材で表参道のOh my teethを訪れた日も、日中にもかかわらず男性女性を問わず、歯型の無料3Dスキャンを体験すべくひっきりなしに人が来店していた。
Oh my teethの来店者の滞在時間は約30分。手際よく診断していくのだが、検査は決して簡易的なものではない。レントゲン撮影もあり、より詳しい診断が必要な際はCTスキャンも実施する。
西野は「あえて外観や内装を歯科医院に見えないようにしているので、ここまでの検査があると思っていない人が多いようですね」と笑う。
西野誠 | MAKOTO NISHINO1994年生まれ。学生時代に物流スタートアップ「オープンロジ」にて創業期を経験。新卒でワークスアプリケーションズに入社し、大規模基幹システムの開発業務に従事。2019年10月、株式会社Oh my teethを共同創業。日本初の歯科矯正D2Cブランド「Oh my teeth」をローンチ。希望者含むユーザー数は14,000を超える(2021年11月30日時点)。Onlab第21期のDemoDayにて、最優秀賞とオーディエンス賞をW受賞。ICC FUKUOKA 2021 スタートアップカタパルト入賞。
「通常の歯科矯正は、まずはカウンセリング。後日、希望者は有償で検査を受け、数週間後に検査結果を聞きに行き……と、矯正を始める前に何回か通院が必要なことが一般的です。ですが、Oh my teethでは一度でカウンセリングと検査を実施し、診断結果はLINEで通知。希望者にはオンライン診療でフォローします。このような体制を構築し、できるだけ通う回数を減らそうと努力しています。矯正のハードルを下げたいという考えから、ここまでの費用は無料、来院からお帰りまで30分がコンセプトです」
ちょうど自身もワイヤー矯正中の六人部も、「確かにぼくも矯正歯科に月に1〜2回通院しているのですが、予約をとるのが大変なんですよね。やっと予約をとれても、もし都合が悪くなったら次にとれるのは1カ月後……なんてこともありえます。だから、通院が初回のみ、しかも30分で完結と聞いて驚きました」と言う。
六人部生馬 | IKUMA MUTOBEソフトバンク財務部投資企画室、UBS証券投資銀行本部にて数多くのM&A、投融資、資金調達に従事。サイジニア(2014年マザーズ上場)にて事業開発、資金調達を担当し、上場への道筋をつける。その後、メガネECのオーマイグラスを創業し、共同創業者/取締役COOとして経営全般に従事。2015年よりご近所SNSマチマチを創業し、地域活性化に取り組む。
なぜ歯科矯正の予約はとりづらいのか。西野に尋ねると、次のように教えてくれた。
「実は、一般の歯科医院には矯正専門ドクターは常駐しておらず、派遣されていることがほとんどです。つまり、歯科矯正は歯科医院ならどこでもできるというわけではないんです。ですからユーザーは、専門ドクターがいる時間に合わせてピンポイントで予約とらなければなりません」
Oh my teethは歯科矯正に特化しており、さらには夜21時までオープンしているという強みがある。現在は、表参道(東京)と心斎橋(大阪)を拠点としているからか、仕事帰りのビジネスパーソンも多く訪れると西野は言う。
「歯科矯正というと女性ユーザーが多いと思われるかもしれませんが、現在の来院ユーザーは6〜7割が男性です。仕事帰りの人が多いですが、なかには表参道や心斎橋のApple Storeに来たついでに来る方もいますね」
確かに、予約がとりやすく、かつ1回30分程度で済むのは、多忙ゆえに歯科矯正に踏み出せなかったビジネスパーソンにぴったりのサーヴィスだ。これまで、心のどこかでは歯科矯正に対する興味や必要性を感じていたものの、優先順位が低いままだった潜在顧客層を開拓しているのかもしれない。
では、実際にOh my teethのマウスピースはどのようにつくられるのだろうか。六人部が3Dスキャンを体験してみた。
まずはドクターが簡単に問診をし、すぐに口腔内の撮影に入る。口腔内に入れる器具はディスポーザブルなものをメインで使用。この機器は歯を毎秒およそ6,000回撮影し、撮影した歯型はリアルタイムで3D化。スキャンした歯並びは目の前のモニターに映し出される。
「通常、歯型をとるには粘土のようなものを噛み、石膏にして型をとります。一方、Oh my teethでは3Dスキャンですので、自分の歯並びをリアルタイムで可視化できます。自分の歯並びをまじまじと見たことはがある人はあまりいないのではないでしょうか。これはちょっとしたエンターテインメント気分を無料で味わえますね」と、六人部は自分の体験と比較しながら振り返る。
この無料歯型スキャンにおけるOh my teethならではの特徴といえるのが、歯科衛生士ではなくベテランのドクターが3Dスキャンをしてくれるという点だ。一般歯科ではマシンを導入しているクリニックが少ないうえに稼働率も低いため、ドクターの技術が向上しないという問題点があるというが、前述の通りOh my teethには人がひっきりなしに訪れる。
通常はスキャンが難しいとされる奥歯をワイヤー矯正している六人部の歯型でも、サクサクとスキャンしていくドクターの手さばきは、それは見事なものであった。
10分程度で撮影が終わり、そのデータを3D化している間に、レントゲンを撮影。その後、ドクターと一緒に3D化されたデータを見ながら、噛み合わせや歯並びをチェックし、Oh my teethのマウスピース矯正でのゴールイメージのすり合わせをするという流れだ。
複数のドクターによる診断の結果、Oh my teethマウスピース矯正では対応できない場合も出てくる。その場合は、対応できるクリニックドクターの紹介もあるという。ここまでが無料の初回診断となる。
申し込み後、理想の歯並びのシミュレーションが届き、それを確認したあとからでもキャンセルすることができる。
「最初に理想の歯並びをシミュレーションし、それをユーザーさんにご確認いただき、納得していただいたうえでマウスピースを製造します。ですから、理想とのズレやギャップが生まれにくいのです」と西野は言う。
Oh my teethで「理想の歯並び」をつくるのはAIとドクターだ。初回診断で取得したデータを基にAIが未来の歯並びをシミュレーションしてくれる。最終的には複数のドクターがミリ単位で調整し、1週間前後でLINE経由で届く理想の歯並びのシミュレーションにユーザーが納得したうえで製造がスタートする。ユーザーの納得するような理想の歯並びをともにつくり上げていく仕組みだ。矯正開始後は週1回、専用アプリで口腔内写真を撮影してLINEで送ると、ドクターからアドヴァイスが届く。約3カ月間、アドヴァイスをもとに毎週マウスピースを交換し、理想の歯並びに近づけていく。
「通常の矯正サーヴィスの場合、初回のカウンセリングから実際にマウスピースが届くまでに2〜3カ月ほどかかることもあります。現状、歯科技工所のDX化が進んでいないことも多く、データの受け渡しや発注の方法がアナログでタイムロスが生じている場合もあるようです。その点、ぼくたちは国内の歯科技工所とSlack(ビジネス用メッセージアプリ)も活用しながらリアルタイムでやりとりしているのでスピーディーです。それが、シミュレーションを承認してから約10日でマウスピースをお届けできる理由です」(西野)
実際にドクターによる3Dスキャンを体験し、一連の流れを聞いた六人部は「ここまでやっている歯医者にほかにはないのではないでしょうか」と驚く。
「レントゲン撮影が無料というのもすごい。自費で撮ると10,000円以上、CTだと数万円はするでしょうから、業界の常識から考えると不思議なのかもしれませんが、結果的にはユーザーも増えるし、ユーザーの母数を増やしたほうが最終的に残るものが大きいでしょうね」
歯科矯正は長い時間かけてするものだというイメージから、なかなか通院に踏み切れない人も多い。そんななか、気軽に始められるOh my teethは、これまでの「歯科」のイメージを覆すものになるかもしれない。
そもそも、これまでの歯科選びはどのようなものだったのだろうか。現在も通院中の六人部は、自身の歯科選びについて次のように語る。
「ぼくはワイヤー矯正を始めて1〜2年くらいです。インプラントかブリッジを検討した結果、いまの矯正にしました。いくつか歯科医院を検討しましたが、最終的には知人に勧められた歯科医院に決めました」
実際に多くの人が歯科医院を選ぶ際には「紹介」が多いという。しかし、歯科矯正はワイヤーを器用に使いこなせるかどうかが重要で、いわゆる「職人芸」ゆえに、歯科選びは難しいと西野は指摘する。
「いい腕をもった歯科医を一般の方が見つけるのは難しいと思います。会って話しただけでは腕まではわからないですからね。その点、Oh my teethではシミュレーションをつくるので、『シミュレーションを見て納得感をもてた』と言っていただくことも多いです。ワイヤー矯正やほかのマウスピース矯正からOh my teethに乗り換えた方もいますね」
六人部も実感を込めてこう語る。
「ワイヤー矯正の場合、矯正のステップが明確ではない部分もあります。しかも、いつまでかかるのかよくわからない。その点、Oh my teethは進行具合がデータで確認できるのがいいですよね」
通常の歯科医院のマウスピース矯正だと1〜2カ月に一度の通院のため、1回に渡すマウスピースは数枚だが、Oh my teethはLINEでのサポートがあり通院不要のため、一度にまとめてマウスピースが送付される。
テクノロジーを駆使した歯科矯正のOh my teeth。現在ボトルネックとなっているのは、どんな点だろうか。10年前にメガネのD2C「Oh My Glasses」を展開した六人部は、D2Cならでは難しさを次のように語る。
「D2Cは、ほかでは買えないものが売っていることが重要です。オリジナリティを出しているけど、似たようなものがほかにもあるなかでやるのは厳しい。ぼくの場合はメガネでしたが、とにかく『ユーザーが欲しいもの』をつくりました。それはオンラインでもいいし、店舗でもいい。ユーザーは『欲しいから来る』わけです。Oh my teethの話を聞いていると、日本ではここまでやれる歯科矯正を知らないので、その点は今後やりやすいのかなと思います」
この話を受け、西野は「実は歯並びを治すという文脈で言うと、競合はある」としながらも、「日本ではここまでやれる歯科矯正を知らないと言っていただけることはうれしいですね」と言う。「LINEで予約して、契約も決済もできる。契約開始後もドクターとLINEを使ってone to oneで24時間コミュニケーションできる。このトータルの体験はOh my teethしかないと思っています」
よいサーヴィスである自信はある。だからこそより広く知ってもらうべく「発信していきたい」と西野は言う。
現状の課題も明確な西野に、今後のヴィジョンを尋ねると次のように答えた。
「ぼくは『いい歯医者体験』をつくりたいと思っています。アップルが『PCを使う人=ギーク』という価値観を変え、最先端のテクノロジーを誰もが使えるものにしたように、Oh my teethも、現状アクセシビリティが低い歯科をもっと気軽なものにし、『歯医者に行くことはクールである』という世界観をつくりたい。いまは矯正のみですが、今後は虫歯治療の領域にも広げていきたい。究極的には15分くらいでサクッと治せる歯科をつくりたいですね。オンラインも生かしながら、歯に悩みがあったらすぐに解決できるブランドにしていきたいと思っています」
ドクターとの連携を高めつつ事業を拡大し、今後も発信していくという西野。この新しい矯正を日本全国で体験できる日も、そう遠くないかもしれない。
[ マウスピース矯正「Oh my teeth」 ]
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