インターネット動画配信サービスの成長やテレビ番組のインターネット同時配信の開始などにより、放送と通信の境界がなくなりつつあり、放送・メディア業界の市場環境も大きく変化している。それと同時に、人々のメディア接触の形も変化している。家庭用テレビのリモコンにはYouTubeやNetflixのボタンがなくてはならないものになり、テレビ画面上で視聴されるのはテレビ番組のみではなくなっている。加えて、スマートフォン(以下、「スマホ」)やタブレットなどのスマートデバイス上で動画やテレビの見逃し配信を観る人も増えている。特に若年層ではスマホへの接触時間が長くなっており、逆にテレビへの接触時間は減少している。
また、2019年に国内のインターネット広告費が初めてテレビ広告費を上回ったのは記憶に新しい。ここからも国内における放送・メディア業界の市場環境が大きく変化していることが見て取れる。
本稿では人々のメディア接触時間の変化や成長するインターネット動画配信サービスの状況について触れ、押し寄せるインターネットの波が、放送・メディア業界に与える影響について考察する。
2019年、国内の広告費に大きな変化があった。国内の総広告費に占めるインターネット広告費の割合が初めてテレビ広告費を超えたのだ。テレビ広告費はリーマンショック以降2017年までは少しずつ持ち直していたが、2017年以降は減少傾向にあった。また、2020年は新型コロナウイルスの影響もあり、大きく落ち込んだ。対してインターネット広告費は10年以上増加傾向にあり、2020年においてもこれまでと同様に増加した。
テレビ広告費減少の理由としては、正確なターゲティングができないことや効果測定が困難なこと、視聴者の減少や録画によるCMスキップなどがあげられる。現在テレビ視聴率の測定方法としては、大きく分けると、「世帯視聴率」と「個人視聴率」という2つの方法がある。世帯視聴率とは、テレビ所有世帯のうち、どのくらいの世帯がテレビをつけて番組を見ていたかを示す割合で、一般的に使われる視聴率はこの世帯視聴率のことを指す場合が多い。一方、個人視聴率とは世帯内の4歳以上の家族全員の中で、誰がどのくらいテレビを視聴したかを示す割合のことを指す。視聴者を、性別、年齢別、職業別などに分けて、番組がどれくらい見られていたかを知りたいときに利用され、マーケティング目的で利用されることが多い。また、この視聴率には2016年から新たな指標「タイムシフト視聴」が用いられており、リアルタイムでの視聴と録画などによるタイムシフト視聴を含めた「総合視聴率」といった指標が活用されている。テレビ広告は商品やサービスの認知度を上げるには効果的だが、詳細な効果測定はできない。テレビCMを見て商品の購入を決定する人がどれくらいいるのかを正確に知ることはできず、インターネット広告と比較して、テレビ広告にどれほどの効果があるのかを調査することは難しい。一方、インターネット広告であれば、広告を見てから商品の購入に至るまでの詳細なユーザー情報を取得することができる。広告を見て、商品の購入ページに移行し、商品を購入するまでの履歴などを確認することが可能で、テレビ広告よりも詳細な効果測定・ターゲティングができる。
【図1】国内のインターネット広告費とテレビ広告費の推移(出典: 電通「日本の広告費」をもとに筆者作成)
また、インターネット広告費の増加には人々のメディア接触時間の変化も関係していると考えられる。博報堂DYメディアパートナーズが公表した「メディア定点調査2021」によると、人々のメディア接触時間は毎年増加しており、特に2014年以降、スマホやタブレットといったスマートデバイスへの接触時間が大きく増加し、2020年以降はテレビへの接触時間を超えている。また、年代別に見ると、男女ともに10~30代ではスマホへの接触時間がテレビへの接触時間を上回っており、いかに若年層におけるテレビ離れが進んでいるかが見て取れる。また、総務省の「令和元年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」でも同様の傾向が見られる。10~20代では平日・休日ともにテレビのリアルタイム視聴よりもネット利用時間[1]が多いという結果が出ており、若者のテレビ離れは着実に進んでいる。そのため、広告主によってはテレビ広告よりも正確にターゲティングができ、リーチしたい層に効果的に広告を打つことができる、インターネット広告を選択する企業も増えている。
【表1】性年代別メディア総接触時間(1日あたり・週平均):東京地区(出典:博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2021」をもとに筆者作成)
また、1年延期された東京2020オリンピックでも視聴者の視聴環境の変化が見られた。今回のオリンピックではほぼすべての競技が無観客で実施されたため、テレビ放送だけでなく、インターネット上でも競技がライブ配信された[2]。視聴者はテレビで生中継されない競技をインターネットで視聴したり、テレビ、PC、スマホで異なる競技を同時に視聴したりすることができたのも今大会の特徴だ。また、競技の結果はSNSでも即座にアップロードされ、これまで以上にインターネットが活用されたオリンピックとなった。
インターネット動画配信サービスはサービスの提供形態により、いくつかの種類に分類される。代表的なものはSVOD(Subscription Video On Demand)とAVOD(Advertising Video On Demand)だ。
SVODはNetflixやAmazon Prime Video、Disney+に代表される、サブスクリプション型の動画配信サービスである。Netflixは世界で2億人以上の契約者を抱えており、国内でも2015年のサービス開始以降、順調に契約者数を伸ばし、2020年8月には500万人以上の契約者がいることを発表した。Amazon Prime Video(世界の契約者数2億人以上)やDisney +(世界の契約者数1億人以上)は日本国内での契約者数を明らかにしていないが、Netflixと同様に契約者数を伸ばしていると考えられる。
各社、他サービスとの差別化のために、オリジナルコンテンツや独占コンテンツの作成・提供に力を入れている。Netflixは地域に合わせた多様なコンテンツ制作や巨額のコンテンツ制作投資、Amazon Prime VideoはMGM(Metro-Goldwyn-Mayer)の買収などによる独占コンテンツの強化、Disney+は他プラットフォームからのコンテンツの引き上げや、プレミアアクセスによる映画の劇場公開日同時配信などが特徴で、様々な方法により、新規契約者の獲得をめざしている。
AVODは広告から収益を得る動画配信サービスで、YouTubeやTwitch、TVerなどが含まれる。動画の冒頭や中盤に広告が表示されるが、視聴者は無料で動画を視聴できる。YouTubeなどいくつかのサービスでは、プレミアムプランが用意されており、プレミアムプラン契約者には広告が表示されない仕組みとなっている(YouTubeの場合は月額1,180円)。
コロナ禍でYouTubeやTwitchでライブストリーミングをする動画配信者も増加しており、ライブストリーミングコンテンツの視聴時間は、コロナ禍以前と比較して大幅に増加している。特にゲーム関連コンテンツの視聴時間数が増えており、配信技研によると、最初の緊急事態宣言が発出された2020年5月のゴールデンウィーク中には、ゲーム関連コンテンツの視聴時間は1日当たり2.9億分となっており、外出自粛期間以前の2020年2月と比較して97%増加している。
【図2】ライブストリーミングコンテンツ視聴時間推移(2020年1-8月)(出典:配信技研)
また、テレビ番組の見逃し配信をするTVerも順調に視聴者数を増やしており、2020年7月には月間動画再生数1億回を突破した。2020年9月には全国の15~69歳の男女における認知率も63.2%を記録し、サービスの認知度も上がっている。広告をTVerに出稿する企業も増えているが、その理由としては利用者が増加していることや、TVerは放送局から提供される信頼できるコンテンツを配信しているため、広告主は安心して広告を出稿できるということがあげられる。YouTubeに広告を出稿する場合には、広告を表示するコンテンツを選ぶことはできないため、企業イメージとは異なるコンテンツに広告が掲載される可能性があるが、TVerには安心して広告を出稿できると考える企業が増えている。
SVODの中でもDisney+とNetflixは新規契約者の獲得と既存顧客の引き留めのために様々な取り組みを行っている。両社とも特にオリジナルコンテンツの制作・提供に力を入れており、コンテンツ制作に巨額の投資をしている。
Disney+の特徴的な取り組みは「他プラットフォームからのコンテンツの引き上げ」と「ストリーミングファーストの推進」だ。
Disney+は米国では2019年12月、国内では2020年6月にサービスが開始された。Walt Disney Companyはサービスの開始と同時にDisneyやMarvelの作品を他プラットフォームから引き上げ、Disney+で独占配信しており、それにより契約者数を増やしている。また、衛星放送やケーブルテレビ事業を廃止し、それらをDisney+に一本化し、ストリーミング事業を推進する、ストリーミングファーストの動きを強めている。そのほかにも、コロナ禍での映画館の閉鎖などを受け、Disney+にて新たなサービス「プレミアアクセス」を開始した。DisneyやMarvelが制作する特定の映画を劇場公開日もしくはその翌日にDisney+でストリーミング配信するというものだ。視聴にはDisney+の会員である必要があり、月額利用料とは別途、プレミアアクセス利用料金(国内では税込3,278円)を作品ごとに支払う必要がある。2021年7月8日に劇場公開されたMarvelの映画『Black Widow』もその翌日にプレミアアクセスにてDisney+上で配信されている。Walt Disney Companyは、『Black Widow』のプレミアアクセスによりその週末だけで6,000万ドル(約65億円)の興収があり、さらに、全米の劇場興収は8,000万ドル(約87億円)、米国外の地域の劇場では7,880万ドル(約85億円)の興収があったと発表した。ひと昔前の映画業界では劇場公開から6カ月~1年後にDVDの販売、1年以上経過後にSVODでの配信、最後に地上波での放送といった「ウィンドウ戦略」により、コンテンツを複数の媒体に登場させ、収益を増大させる手法がとられていたが、Disney+はそういった映画ビジネスの流れも破壊する可能性がある。コロナ禍の逆境を逆手に取り、Disney+はストリーミングファーストの動きを進めている。
Netflixは米国では2007年2月、国内では2015年9月にサービスを開始した。世界では2億人以上、国内では500万人以上の契約者を保有している。Netflixの特徴としては、「オリジナルコンテンツ制作」「多様性とローカライズを重視」「視聴者の視聴データ活用」の3つがあげられる。
Netflixは他の配信プラットフォームと比較して、特にオリジナルコンテンツの制作に力を入れている。2019年度のコンテンツ投資額は139億ドル(約1兆4,900億円)で、2020年度は新型コロナウイルスの影響で減少したが、118億ドル(約1兆2390億円)となっており、その他の配信プラットフォームよりもコンテンツ投資を重視している。また、2021年度はオリジナル映画を毎週1本以上提供することを目標の一つとして掲げており、今後もさらにオリジナルコンテンツの制作・提供に力を入れていくとしている。
Netflixは世界の190カ国以上でサービスを提供しており、世界各地に制作拠点を構えている。これにより、世界各地の地域性や文化、言語などに即したコンテンツの制作や翻訳が可能となり、よりローカライズされたコンテンツをそれぞれの地域に提供することができ、それが北米以外の地域での新規契約者獲得につながっている。また、同社は視聴データの活用にも力を入れており、それぞれのユーザーの視聴傾向やよく観るジャンル、どの時点でコンテンツの視聴をやめたのかなども把握し、それらのデータからユーザーへのコンテンツのレコメンドを行ったり、新たなコンテンツの制作に取り組んだりしている。
【表2】NetflixとDisney+の特徴(出典:各種公開情報をもとに筆者作成)
そのほかにも、Netflixは新たな取り組みを進めており、フランスではNetflixテレビ「Direct」の実験をしている。Directはテレビ放送のように、決められたタイムスケジュールで特定のNetflixコンテンツをブロードキャストするというサービスだ。個人が好きなコンテンツを好きなタイミングで視聴する従来のNetflixの視聴スタイルとは真逆の仕組みとなっている。フランスではNetflixのコンテンツが多すぎて何を観たらよいかわからない、といったユーザーの声があり、それにこたえるためのサービスという位置づけだ。また、Netflixは北米での新規契約者の獲得に苦戦しており、既存顧客の維持のために、クラウドゲーミングサービスを開始するつもりだ。クラウドゲームはクラウド上ですべてのゲームの処理を行い、映像と音声のみをユーザーにストリーミングする仕組みで、Netflixの既存事業との相性が良い。既存のNetflixサービスと同じプラットフォーム上でゲームを提供する予定で、ドキュメンタリーやコメディなどと同様に「ゲーム」というジャンルで提供していくつもりだ。Netflixは2022年までに映像配信プラットフォームをゲーム事業にも活用していくとしており、今後何らかの動きがあるとみられている。
国内の放送局もインターネット動画配信やテレビ番組のインターネット同時配信への取り組みを進めている。各局それぞれで保有するVODサービスがあり、自局のコンテンツをそれぞれのプラットフォーム上で配信している。それと同時にTVerを活用した見逃し配信も行っている。現在、放送局からTVerに提供されるコンテンツはサービス開始時よりも大幅に増えており、1週間に350番組以上が配信されている。また、在京キー局はTVerを活用してテレビ番組のインターネット同時配信の実験を行っており、今後は後述するNHKに続き、テレビ番組の同時配信を実施するために、準備を進めていく可能性が高い。
NHKはインターネット常時同時配信サービス「NHKプラス」を2020年4月から正式に開始し、NHKが提供する番組を地上波と同時にインターネット上で同時配信している。国内でのみ利用可能なサービスで、5時から24時までの19時間、サービスを提供している。
テレビ番組のインターネット同時配信にはいくつか課題があるが、その中でもテレビ局に大きな負担をかけるものが権利確保だ。テレビ放送とネット配信では著作権法上の手続きが異なるため、これまでは配信用の使用許可が間に合わず、テレビで放送された一部の映像や音楽をネットで流せない場合はその部分をカットしたり、ふたかぶせをしたりする必要があった。しかし、2020年の第201回通常国会において、「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律」(以下、著作権法改正案)が成立したことで状況は大きく変わることになる。著作権法改正案にはテレビ番組をインターネットで同時配信しやすくするための規定が盛り込まれており、著作権に関わる手続きを簡素にすることが目的とされている。放送での著作物使用を許可した際に拒否の表明をしなければ、配信での利用も認めたとみなす規定が設けられており、また、著作権者に許可をとりにくい音源を使用する場合は、補償金を支払う前提で事前許可がなくても使えるようになる。また、これらは放送途中で最初から視聴できる「追っかけ配信」や放送後の「見逃し配信」も対象に含めることとされている。
民放がテレビ番組の同時配信に踏み切るためには別の課題もあげられる。テレビ番組のインターネット同時配信はローカル局のビジネスモデルの破壊につながる可能性があるのだ。ローカル局から見た広告にはネットタイム、ローカルタイム、スポット[3]の3種類がある。ネットタイムに関してはキー局から番組とスポンサーをセットで渡され、ローカル局は自社の電波を使ってその番組と広告を放送し、キー局からその対価(ネット配分金)を受け取る。そのため、ローカル局は自社で番組を制作する必要もスポンサーを探す必要もない。しかし、インターネット上でキー局の番組を視聴できるとなると、視聴者は地上波ではなく、インターネット上でより多く番組を視聴する可能性があり、キー局が番組をローカル局に提供する利点が失われるかもしれない。ローカル局の中には放送枠を埋めるだけのコンテンツを制作する資金がないような局もあり、キー局から番組提供がされない場合は放送枠を埋めるのが困難になることが考えられる。また、広告主も視聴者がいないテレビに広告を出稿するよりも、インターネット広告を選ぶ可能性があり、ローカル局のビジネスモデルに大きな影響を与えるかもしれないと危惧されている。
スマートデバイスの普及やインターネット環境の整備により、人々のメディア接触時間は大きく変わっている。それに伴い、インターネット動画配信サービスも国内で大きく成長し、契約者数の伸びも著しい。コンテンツ制作に巨額の投資をすると同時に、ゲーム事業への参入、NetflixテレビDirectなどの新規サービスの開始により、新規契約者の獲得と既存顧客の引き留めをめざすNetflixや、ストリーミングファーストの動きを進め、人気コンテンツの独占配信により新規契約者を獲得するDisney+の動きには今後も注目が必要だ。また、これらのインターネット動画配信サービスは乱立状態にあり、世界的に見ても新規サービスが次々に開始されている。そのため他社のサービスでも配信されているコンテンツを仕入れて、配信するというだけでは、顧客の獲得にはつながらない。今後はこれらのサービスも淘汰が進み、視聴回数が稼げるオリジナルコンテンツを制作できるサービスのみが生き残っていくのではないだろうか。
人々の可処分時間については、テレビ番組に限らず、SNS、AVOD・SVODなどのインターネット動画配信サービス、ゲームなども含めた様々なサービスにより奪い合いが起きている。テレビよりも身近な端末であるスマホにより、現時点で上記サービスのほとんどが利用可能である上に、今後、民放によるテレビ番組のインターネット同時配信が本格的に開始された場合には、人々のテレビ離れがさらに進み、テレビ広告費の減少も悪化するかもしれない。このように、放送と通信の境界線はなくなりつつあり、特に小規模のローカル局には苦しい局面となっていくと考えられる。今後は、放送局が保有する電波などのインフラを活用したビジネスや、地方局の再編などを考える必要が出てくるかもしれない。名古屋のテレビ局(東海テレビ、中京テレビ、CBCテレビ、テレビ愛知)は共同でLocipo(ロキポ)と呼ばれるインターネット配信サービスを運営しているが、その他の地域のローカル局にもこのような動きが広がっていく可能性がある。加えて、インターネット上でコンテンツを配信することは視聴者が国内のみでなく、海外にも広がる可能性を持つということになる。コンテンツを海外へ出すことによってさらに視聴回数を稼ぐといった取り組みが必要になるのかもしれない。
国内では2020年から5Gの商用サービスも開始されており、大容量コンテンツの伝送にも活用されることになるだろう。放送と通信の融合がさらに進んでいくことになるが、これまでのビジネスモデルを維持するだけでは放送局も配信事業者も生き残ってはいけないだろう。配信事業者はNetflixのように、常に新たなサービスを開始し、新規顧客の獲得と既存顧客の維持に努める必要がある。また、放送局は既存ビジネスを生かしつつ、テレビ広告収入以外の収益確保のために事業を多角化させていく必要があるだろう。
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