本稿は独立系ベンチャーキャピタル、ジェネシア・ベンチャーズのインベストメントマネージャー水谷航己氏によるもの。原文はこちらから、また、その他の記事はこちらから読める。Twitterアカウントは@KokiMizutani。ジェネシア・ベンチャーズの最新イベントなどの情報を必要とする方は「TEAM by Genesia.」から
(前回からの続き)
サーベイの結果を見ながら、Employee Experienceの向上に向けた施策を検討しているとのことですが、Eliseさんに施策検討や実行に当たってのプロセスやポイントについても、伺ってみました。
Duolingo社でのソーシャルプログラムの企画を完璧なものにしていくために、私は3つのポイントに留意しています。
まず一つ目として、CEOがとても重要視している「話題性」です。例えば、カンクン旅行に行ったことを数週間後や数年後に思い出して「あの旅は最高だったね」「ほんとにクレイジーだった」と、仲間内で思い出されるような話題性を大切にしています。
二つ目は、「関係構築」です。会社でよくある安っぽいチームビルディングのプログラムではなく、メンバーにとって本物と感じられるつながり(”Authentic Connection”)を育む機会となることです。
三つ目は、「公平性と包括性」です。内気な性格の人や、同居家族や時差の有無、母国語など、どんなシチュエーションにあるメンバーであってもプログラムに考慮されていることが必要です。
しかし、400人の全従業員を対象としたプログラムを企画しようとすると、これらの全ての項目を同時に満たすことは難しいです。
そこで私は、多様なプログラムを複数組み合わせて3つの要素を満たすようにすることで、400人全てのメンバーが自分にとって本物と感じられるつながりを見つけることを、目標としています。
プログラムの策定に際して、「話題性」「関係構築」「公平性と包括性」の三つのポイントがあるという話は、「なるほど」とただ頷きながら伺っていました。趣深いのはやはり「話題性」で、ワクワクする組織イベントって、メンバーの間でもつい話のネタになりますし、過ぎてからも強烈な思い出となって、深いつながりのきっかけになっていきますね。
実際にDuolingo社では、カンクン旅行のほかにも、以下のような複数のプログラムに取り組んでいるとのことでした。
■Interactive Care Packages:
「アウトドア」などのなんらかのテーマのあるグッズが詰まったパッケージを会社からメンバーに贈り、メンバーがそのグッズを使ってアクティビティに参加して写真をSlackチャンネルで共有することで、コロナ禍で同じ空間に入れなくても同じ体験をメンバー間で共有します。
https://blog.duolingo.com/thinking-outside-the-box-engaging-our-team-with-interactive-care-packages/
■Fireside Chat Series:
CEOが特定の分野の専門家と話すイベントで、社員にとっては新しいことを学ぶ良い機会となっています。
■Slack Parings:
Slack上でランダムに誰かが割り当てられ、その人同士で会話をする。
■Anniversary Celebration:
創立記念日に行われる全社的な祝賀会。これは自分たちへの「お疲れ様会」のようなもので、1週間にわたって様々な活動を行います。Zoom上で工作をしたり、お酒を飲んで時間を共有しています。
と、Eliseさんに紹介してもらったものだけでも多くの施策が繰り出されており、「話題性」「関係構築」「公平性と包括性」という三つのポイントを、複数の施策でうまく充足させようとしいることがわかります。
他にもShoさんのツイートをのぞくと、こんな素敵なプレゼント企画が。。
会社からステキなクリスマスプレゼントが届いた!めっちゃいい会社🎄 pic.twitter.com/EVuk6DHv4Q
— Sho@Duolingo (@YeahThatSho1) December 11, 2020
それでは、こういった施策を経営陣を含め、どのようにメンバーを巻き込みながら進めているのでしょうか。
大きな戦略的決断をするときは、CEOと1対1で話します。
CEOがイベントに求める成果を聞きつつ、お互いが納得できる戦略を立てるようにしています。私にとっての優先事項は、人とのつながりの構築や公平性の確保である一方、CEOにとっての優先事項は話題性でした。ですから、私たちが協調して妥結点を見つけることはとても重要です。
組織でのコラボレーションはとても大事にしています。25人ほどの人事的な役割を担う部署の中で、私は5名程度のサブチームに所属しながら、文化やキャリアの向上に取り組んでいて、チーム内でのコラボレーションは不可欠です。またさらに、エンゲージメント・サーベイの他にも全社メンバー向けにプログラムに関してのサーベイを実施し、フィードバックをもらいながら改善を進めています。
私は、Duolingoでとても幸運だと思います。
というのも、Duolingoの創業者たちは創業初日からこういったプログラムの価値を認めてくれていたので、多くの権限を持つことができています。
私がやりたいことをサポートしてくれていて、説得に時間を掛ける必要はありません。誰かを説得する必要があっても、それが正しいことだと思えば、会社に来るのは楽しみになるし、同僚と一緒に仕事をすることが楽しくなる側面もあります。
ビジネス的にも、つながりの感覚や心理的安全性があることで、最高の仕事に繋がります。それを裏付けるデータや指標、調査や研究もあるので、私はこうしたプログラムの価値を理解していない人に出会ったときにも、生産性やコラボレーション、イノベーションといったビジネス上の成果に結びつけるようにして説明しています。
Employee Experienceの取り組みの重要性についてDuolingo社の中では理解が浸透していると、Eliseさんの自信が溢れているコメントです。そして彼女自身もDuolingo社での仕事を楽しんでいる様子がにじんでいるのも、とても印象的でした。
Eliseさんの仕事がビジネス上の成果に向かうものであると、経営チームのみならず、組織全体に共有されていることで、各プログラムへの熱量も自然と高くなっていくように思います。
メンバーがシラケている状態だと、各施策も逆効果になってしまいますが、そうした懸念を前提から払拭する状態を経営として創ることができている、ということも、創業一日目からEmployee Experienceの優先度を上げて取り組んできた成果の一つと感じます。
■EX Points④
Employee Experienceの向上に向けた施策策定に際しては、「話題性」、「関係構築」、「公平性と包括性」の三点を大切にして、メンバーが増えてからも、複数の施策を行うことにより上記三点カバーするようにしている。EXの向上がビジネス上の成果に繋がるという前提の理解が、経営陣を含めて組織全体に共有されており、協力的に施策を進めることができている。
最後に、EliseさんにEmployee Experienceやエンゲージメントの向上を目指す日本のスタートアップ創業者や経営チームへのアドバイスを伺いました。
私のアドバイスとしては、企業はそれぞれ異なるので、自分の会社に合ったプログラムを考えていくことです。もしも、まだ自社のカルチャーが何かを明確にしていないのであれば、会社が意思決定を行う際に使用する行動規範(Operating Principles)を策定し、その行動規範に沿った形でプログラムを作成することをお勧めします。
ちなみにDuolingo創業者兼CEOのLuisさんは、2018年当時、同社の行動規範として以下のようなツイートをされていました。
Three operating principles we use at Duolingo: (1) our mission and our users come first; (2) hire remarkable people that aren’t assholes; (3) test everything.
— Luis von Ahn (@LuisvonAhn) August 14, 2018
Duolingo社の行動規範はその後アップデートがなされ、上記の3点は以下となっているとのことです。
(1) Learners first. (学習者たちが最優先)(2) Take the long view. (長期的視点で考えよう)(3) Test everything. (すべてを仮説検証しよう)
採用については、(2) の規範に沿った行動事例として、“We keep our hiring bar high, even if it means we delay filling the role in the short term. In the long term, it’s better to have the right person.”(たとえ短期的には役割を果たすことに遅れが生じるとしても、採用基準は高く持ち続ける。適任者を待つ方が、長期目線で考えれば好ましい)といったことが挙げられています。
この行動規範に照らして考えると、例えば、Eliseさんがメンバー向けの匿名サーベイをベースに施策創りをしているのは、(3)の行動規範に沿っているとわかります。
また別の視点では、会社としてEmployee Experienceの向上に向けて一定の経営リソースを投下して成果に繋げていく上では、採用基準を高く設定し、チームが企業にフィットするメンバーで構成されている必要がありますが、それは(2)の行動規範と合致するものです。
Duolingo社の採用活動については、今回のEliseさんとのインタビューをアレンジしてくれたShoさんのnoteに詳しく書かれていますが、採用の目線感を非常に高く持ったオペレーションになっています。厳格な採用基準とEmployee Experienceの向上は、セットになってより効果を発揮しますね。
経営の大目標の一つに、優秀で会社のカルチャーにも不可欠なメンバーに、長期的に会社へとコミットしてもらう、ということがありますが、この目標を達していくために、
「採用にとことんこだわる → メンバーのEmployee Experienceを向上させていく → 優秀なメンバーが長期的にコミットできる会社となる → 優秀なメンバーに選ばれる会社となる → さらにEXを向上させる → ・・」
という循環を回していくことはとても重要となります。Luisさんが創業初日からEmployee Experienceにプライオリティを置いているというのも、改めて合点がいきます。
ということで、とても長文のnoteになってしまいました。
USのスタートアップの組織創りに関するベストプラクティスの一つとして、Duolingo社のEmployee Experienceの向上に向けた取り組みを、掘り下げてみました。
自分自身、Employee Experienceについて、これまで十分に意識が向いていなかったこともあり、Eliseさんへのインタビューを通じて得た気付きがとても多く、咀嚼してまとめるにあたって時間を要してしまいましたが、強い組織創りの一助となれば幸いです。
Duolingo社のEliseさん、Shoさん、本当にありがとうございました!(Duolingoのアプリ(Apple・Andoroid)も、ぜひダウンロードしてみてください!)
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