――今回のMS-20 miniの発表、驚きました。まさか今の時代にこんなアナログシンセが登場するとは思っていなかったし、こんな安い価格で売り出されるとは考えてもいませんでした。
坂巻匡彦氏坂巻:monotron以来、ここ数年間アナログシンセを作ってきて、とにかく本当の楽器としてのアナログシンセを復活させたいという思いを強く持っていました。キーボードって便利な道具になってしまっていますよね。確かに高性能だし、キレイな音は出る。ピッチが狂う心配もなければ、プログラマブルで簡単にトータルリコールもできるけれど、それとは違う何か、“楽器性”といえばいいんでしょうか? そんなものを取り返したいと考えていたのです。
個人的な思いかもしれませんが、アナログシンセってギターっぽい楽器だと思っています。単体ではエフェクトもなくシンプルな構成ですが、ここにエフェクトをつなぎ、アンプを繋ぎ、そのパラメータを調整して、はじめてその音が完成する。その点ではアナログシンセも同じであり、ギターっぽい粗野な感じがあるんですよね。不便なところはあるかもしれない、ちょっと不器用なんだけど、「使いたくなるいい音だよね」といわれる理屈を超えた楽器を作ってみたいという思いから企画しました。
――私は世代的に、学生時代はアナログシンセを使っていたというか、自作していた年代なんですが、最近ではアナログシンセを見たことがないという人も多いでしょうね。
坂巻:私は1978年生まれの35歳。実はMS-20と同じ年齢なんです。だからこそ、絶対に復活させたいという思いが強かったんですが、実は私自身も初めて出会ったのはPCMのデジタルシンセで、アナログシンセの存在を知ったのは、それこそ電気グルーヴなどを見てからなんですよ。そこで、「何だ、この太い音は! 」と感激した覚えがあります。でも今の若い子達は、そもそもソフトシンセから入っている人たちが多く、実際のアナログシンセの音を知りません。そんな人たちもが普通に買える、気軽に使える楽器として、今ようやくMS-20 miniを作りました。
――monotronのときも、「こんな楽しいオモチャを出すのか! 」と驚くとともに、すぐに購入しまして、結構ハマりました。が、その時からMS-20 miniは予定に入っていたのですか?
手前が35年前に発売されたオリジナルのMS-20、奥が今回復刻されて発売されるMS-20 mini筆者の手元にあるmonotron坂巻:はい、そのときから目標として定めていました。monotronはリボンコントローラ、それはそれで面白いのですが、鍵盤のついた楽器としてのアナログシンセを出したかったんです。
――そこは、坂巻さんの好き放題を会社が許してくれた、ということなんですか? (笑)
西島裕昭氏西島:アナログをやろうというのは、会社としての方針なんですよ。そもそもは、亡くなった創業者の加藤孟会長(当時)から5~6年前に「いまの部品でアナログシンセを作れないか? miniKORG700Sを復刻してみてくれ」という特命があったのがスタートですね。それで実際私が作ってみたんですよ。確かにモノは作れたのですが、部品代などが非常に高く、発売するという点では現実的ではなかったのです。
坂巻:だったら、とことん安く作ってみようということでやってみたのがmonotronです。コルグが今やるのなら、市場を変えるようなアナログシンセの存在を打ち出さなくてはなりません。
――monotronも西島さんの設計なんですか?
西島:いいえ、あれはウチの高橋(高橋達也氏)の設計ですね。アナログ回路が大好きで入社してきた現在30歳というエンジニアで、彼の新しい感性があったからこそ、できた製品ですよ。最初、「5,000円でアナログシンセを作ってくれ」というオーダーが来て、「そんな仕様ではアナログシンセにならない」と断りましたから(笑)。もちろん、回路的な相談などは受けましたけどね。
――結果的にmonotronは大成功だったわけですよね。その後、バリエーションとしてmonotron Duo、monotron Delay、さらにはmonotribeというアナログリズムやステップシーケンサまで搭載した機材まで出されました。そして、今度はMS-20 miniと自らのビンテージ機材の復刻となったわけですが、なぜMS-20だったんでしょうか?
坂巻:いろいろな選択肢があったのですが、ソフトシンセのLegacy CollectionシリーズとしてMS-20を復刻していたり、iPad版のiMS-20をリリースしているなど、MS-20の知名度があるというのが大きなポイントでした。また、MS-20は現在でも音楽シーンで使われているビンテージ製品であり、中古市場でも値段が下がっていないんですよね。そうした背景からMS-20を作ろうとなったのです。
monotribeソフトシンセのLegacy CollectionでMS-20を復刻iMS-20――海外でもArturiaがMiniBruteを出すなど、最近アナログシンセが急にいろいろ出てきた印象がありますが、なぜアナログ時代から30年近くなった今、各社製品化しているんですかね?
坂巻:時代的な音楽の変化というのがあるのではないでしょうか? 80~90年代はデジタルシンセの時代、90~00年代はサンプリングの時代でしたが、最近は音数が少ない音楽が流行っています。DUBSTEPなんかが分かりやすい例ではないでしょうか? 技術的にも1bitオーディオと同じような原理を用い、PWMでCVを作る技術が確立されたことも後押ししていると思います。
――1bitオーディオでCV?? よく意味が分からないのですが……。
西島:当社でmonotribeを開発した際に採用した技術なのですが、PWM(パルス幅変調)を用いて電圧を作り出すというものです。もともとサーボモーターの回転数制御で用いられている技術で、CPUを使ってパルス波を作り、そのデューティー比を変えることで回転速度を制御するというもの。そのパルス波を平滑することで電圧を取り出すことができる。つまり、ローパスフィルターをかけて積分すれば直流になるわけですよ。この方法であれば、安定した電圧を作り出すことができるし、非常に安く作ることができます。
坂巻:細かくチェックしているわけではありませんが、最近の他社のアナログシンセもこの方法を採用しているようですね。
――なるほど、そうした技術的な革新がアナログシンセを今に復刻させるキッカケにもなっているわけですね。
西島:それともう一つ、私がかねてから思っていることがあるんです。ある意味、DSPモデリングの限界が見えたということですね。今のモデリング技術で、限りなくアナログに近づけていこうとはしているけれど、どんなに行ってもアナログを超えることはできません。またできる限り忠実に再現しようとすると、24bit/96kHz、さらには24bit/192kHzで処理していくことになるわけですが、そこまでやると非常に高い演算能力を求められます。フィルター1つを実現するのでも、厳密にやれば相当な演算量ですから、質を上げていくと、結果的に高価になり、アナログよりも高くついてしまうんですよ。
――Legacy CollectionやiMS-20、とってもアナログ的なサウンドだなと思っていたけれど、それではやはり物足りない、と。
西島:Legacy Collectionのときもそうでしたが、当時のCPUでできる範囲に演算を留めていたんですよね。僕らでCMT (Component Modeling Technology)という電子回路モデリング・テクノロジーを生み出し、アナログの音に近づけようと頑張ってはいたし、実際それを突き詰めたKingKORGというものを今回出しているわけですが、アナログのほうがコストダウンができるという側面もあったわけです。
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